セルフケア

セルフケアの背景にある考え方・思想について

ここではセルフケアを実践するのにあたって必要となる知識・思想などについてまとめます。一気に理解するのは難しいのでゆっくりと時間をかけてお読みくださいね。

1章 自然治癒力とホメオシターシス~精神症状はバランスをとるために生じる

これはすべての疾患にいえることですが、人間には自然治癒力がありその力によって病気が治っていくのです。風邪など典型的ですが、決して風邪薬で治っている訳ではなく皆様の身体の免疫力によって回復しているのです。風邪薬は風邪ウイルスを直接攻撃するわけではなく、強い免疫反応で発熱や痛みが身体にでるのが辛いので、それを和らげるために飲んでいるのです。

自然治癒力とホメオシターシス~精神症状はバランスをとるために生じる01

ホメオスターシスとは恒常性といって、生体が内部環境を一定に保とうとする働きのことで自然治癒力の中心的な役割を果たしております。例えば風邪ウイルスが身体に侵入した場合や癌細胞が発生した場合、怪我をした場合にウイルスを排除したり、癌細胞をアポトーシスに誘導したり、怪我した部分を修復したりなどして身体の内部環境を一定にしようとします。

自然治癒力とホメオシターシス~精神症状はバランスをとるために生じる02

精神疾患も慢性疾患で治らないイメージはありますが、身体の中では常にバランスをとろうとしていることがわかります。例えばうつ状態では、症状として思考抑制というものがあります。思考抑制とは読んで字のごとく思考ができない、頭が働かないことですが、この症状のおかげで逆に脳が休まるのですね。うつになりやすい人は完璧主義や模範的な人が多く普段から脳を休めるのが下手な人が多いので、精神症状を引き起こし脳の強制シャットダウンをもたらしているのです。うつ状態で眠いというのも同様で、眠ることで脳を休めようとしているのです。また発達障害の中の特に自閉スペクトラム症の方に、自閉するという症状がありますが、それは自閉することで周囲の刺激を遮断して脳の回復を促している面があります。退行現象などの幼児返りも然りです。生じた症状に素直に従うと、内部環境のバランスがとれ早期治癒に結び付くとも考えられます。

元々の脳の特性もありますが、過剰な負荷や無理な脳の使い方をすることでバランスが崩れ精神症状がでると考えらます。また後程述べますが脳の疲れでは様々な精神症状が出現して分かりづらいため、知らず知らずの内に脳に過剰な負荷がかかってしまうことが多いのです。

ここで知ってほしいことは、辛い精神症状を何とかすることも勿論大切ですが、自身の無理な脳の使い方(考え方や捉え方の癖)や本来の脳の能力を超える負荷について振り返り改善を目指すことも大切であるということです。内省の材料にして、自身の脳や体をいたわるといった姿勢が大事です。精神症状を逆にありがたい症状と考え上手く利用することでホメオスターシスが働き自然治癒力が発揮され早期治癒に結び付くのです。

また人生の中で過度に苦悩すると、脳が耐えきれずに苦悩しないように脳を作りかえるとも考えられます。認知症などがそれに相当するとも考えられます。
当院では可能な限りこの理屈を利用した診療を心掛けるようにしております。「鬱なら鬱になりきる」のです。その方が薬の量が少なくて治療が楽にすすみスムーズだからですね。

2章 脳の疲れとは何か?疲れのサインは?

脳の疲れとは何か?疲れのサインは?01

他の身体の臓器と同じで脳も疲れて場合により故障(機能の異常)します。パソコンや機械も使いすぎると故障するのと似ています。また脳を脚に例えるとわかりやすいです。脚は歩きすぎると痛くなったり、捻挫したり、無理な運動をして骨折したりしますよね。脳の疲れにも脚の筋肉痛・捻挫・骨折に相当するものがあります。私はプチうつ・軽度うつ状態・重度うつ状態(うつ病)にそれぞれ例えることができます。詳細は当院HPのうつ病の「うつとうつ病についてのまとめ」のリンクボタンをクリック下さい。

疲れのサインつまり自覚症状としては以下のようなものがあります。

不眠(入眠困難、途中覚醒、早朝覚醒)、朝の気分不快、イライラ・落ち着かない、涙が止まらない、抑うつ、不安、意欲なくなる、考えられない、自分を責める、死にたい、趣味もできない、動けない、身体の症状(痛み、動悸、下痢、湿疹)

脳の疲労足の疲労治療期
プチうつ筋肉痛1~2日
軽度うつ状態捻挫2週間程度
重度うつ状態
(うつ病)
骨折3か月以上

筋肉痛や捻挫は赤く腫れるや痛いといった比較的単純な症状であり見た目にも非常にわかりやすいのですが、うつ状態は以上のような多彩な症状が現れるので非常に分かりづらいのです。それがうつ状態の早期発見・早期介入を妨げる要因となっております。脳の症状なのにそれを感じ把握するのも脳であるといった矛盾によるものと考えます。また脳が完全に故障して修復不能になってしまったのが認知症という病態に近いと考えられます。

またうつ状態以外にも解離症状、パニック症状、躁状態、強迫症状、幻覚妄想状態などの様々な症状や状態が脳の疲れや故障で生じますが、ここではうつ状態の症状をおさえておいて下さい。

3章 脳の疲れへの対処方法~これが難しい

脳を休めることは、「言うは易く行うは難し」という言葉がぴったりきます。脳を休めるとは具体的には、日中はできるたけぼんやり過ごして、夜間によく眠ることです。特に脳の疲れのサインがでた場合には意識的に脳を休めようとすることが大事です。本来なら無意識的に自然に脳を休めることができるはずなのですが、現代社会は仕事や勉強など期限内にやるべきことが大量にあったり、相性の合わない他人と長時間距離をおくことができなかったりと自然には脳が休まらない場合が多いです。または幼少時から塾や習い事などで常に忙しく過ごしており、そもそもぼんやり過ごしたことがないような人もおります。不眠症などがあるとそれも脳が休まらない原因になります。またくよくよ考えたり他人の評価や視線を気にするといった性格が強い人は脳が休まらない場合が多いです。

脳の疲れへの対処方法~これが難しい01

脳を休める方法については個別性が非常に強いです。つまりいかにぼんやりする時間を確保し夜ぐっすりと眠るかについてやり方はみんな違います。当院HPのうつ病の「うつとうつ病についてのまとめ」にも書きましたが、一つは2歳~3歳の時に住んでいた場所の風景を眺める、二つ目は小学生の頃に夢中になった遊びをするとかがぼんやりできる秘訣です。何かに夢中になるというのはある意味脳の動きが止まっている状態に近いのです。2~3歳の頃の風景というのは人間が一番リラックスできた時代の記憶を誘発するというか、同調するためにいいのでしょうね。確かに小さい子供や動物はぼんやりするのがうまいです。当院近くの野毛山動物園の動物はみんなボ~としているので、よく観察して同調するといいですよ。また仕事で時間がない人の場合などは、スケージュール管理をして寝る前のスマホをやめていかに睡眠時間を確保するかが大事になります。

以下に具体的方法を書いていきますが個別性が強いので皆さん自分で編み出して下さい。

  • 良質の睡眠のために:

    日中は身体を動かす

    昼寝はしない

    寝る前にスマホをしない

    睡眠薬を飲む(いいものが沢山あります)

  • 日中ぼんやりするために:

    趣味(漫画・裁縫)など夢中になるものに熱中

    掃除

    Youtube・映画・テレビ・音楽など鑑賞

    ウォーキングなどの規則的なリズミカルな運動

    温泉・マッサージなどのリラクゼーション

    気分安定薬や抗不安薬を飲む(いいものが沢山あります)

4章 病名の告知と共有について

心療内科では自身の病気を知らないまま通院を続けている方が多いという特徴があります。「よくわからないけど薬をもらっている」「何となく通院しているけど治らない」のような感じです。一般的な内科疾患の診療ではあまりみられない現象かなと思います。全部とはいいませんが、内科疾患では高血圧、糖尿病、脂質異常症など病名をほとんどの患者様は知っており、病気の治療方法・経過なども大まかに把握していることが多いです。

病名の告知と共有について01

他院に通院していた方に「前の病院ではどのように診断されていましたか?」ときいても「さあ~?」という方も多いです。実際伝えられたとしてもうまく共有できていない場合もあります。病名を伝えないことのメリットも確かにありますが、当院では可能な限り伝えること・共有することとしております。診断がよくわからない場合は「分からない」とも話します。実際精神疾患の診断名それ自体が時代によってもコロコロ変わったりしますし、症状にとらえどころがなく診断に至らないケースもあります。

病名を共有するメリットとしては、病気としてターゲットが分かりやすく目にみえてくるため、対処しやすいことがあります。どんな治療もそうですが、こちらが一方的に薬を出したり指導したりしても病気特に精神疾患自体はよくならないことが多く、ターゲットをはっきりさせて共同作業にした方がうまく行くことが多いです。患者さんの生活習慣が大事な糖尿病などと同じですね。

病名や治療方法を共有すると、ネット社会なので皆様ネットで検索して色々と調べてきます。ネット情報には様々なものがあり玉石混交ですが、それはそれでいいかなとも思います。ある意見を絶対視することが一番好ましくなく、当院での治療方針を含めて様々な意見から自分で納得できる治療方針を取捨選択していくことが大切だと考えます。

また心療内科でよく使用することばに「病識」というものがあります。要は自分がどんな病気にかかっていてどんな治療をしているかちゃんと理解していることです。ただし心療内科で扱う精神疾患ではそもそもこの病識を得ることが難しい傾向にあります。

3章でも取り上げましたが脳という病気の場所そのもので考えるので自分が病気であると理解するのが難しいのです。認知症の方が自分で認知症だとわからないといった例や、うつ病の人がうつ状態なのに「まだまだ自分は大丈夫」だと考える例などがあります。足が捻挫すると腫れたり痛かったりするので確かに病気だとわかりますね。しかし脳の場合は故障した脳そのもので考えるという矛盾があるためにこのような問題が起こるのです。壊れたパソコンで壊れたパソコンの故障個所を探すみたいな感じです。

このように心療内科ではそもそも病識を得ることが難しい傾向にあるため、病名や診断名、疾病の経過、治療法の再検討などの共有が診療上より一層重要になると考えられます。今後別のリンクで各疾患の特徴についてまとめますから、個別の疾患についても勉強してみて下さい。

5章 エネルギーと強さと衝動性・気分の波

表現は難しいのですが、人によりオーラというかエネルギーの強さが異なると考えられます。
日常診療を行っていると患者さんそれぞれもっている内的なエネルギーの違いを感じます。エネルギーが強いと衝動性や躁鬱の気分の波が大きくなる傾向にあります。関連する疾患としてはADHD、双極性障害(躁鬱病)、気分循環症、境界型パーソナリティ障害、摂食障害(過食嘔吐型)、薬物・ギャンブル依存などがあります。エネルギーの制御というかコントロールが上手くいかないと精神症状が強くなる疾患群です。

大事なのはいかに自身の強いエネルギーを認識し、どう制御していくかです。象とライオンの写真を以下に載せましたが、自分の中の内的な象やライオンをいかに暴れさせないで調教するかが重要なポイントになります。上手い象使いになれば勝ちです笑。上記の疾患ですが、年をとれば落ち着くものが多いです。境界型パーソナリティ障害なども40歳頃になると症状は概ね落ち着くといわれております。年をとると、エネルギーは落ちてくるので精神症状もそれに伴って落ち着いてくると考えると合点がいきますね。

エネルギーと強さと衝動性・気分の波01

また普段からそこそこの波風を立てることも優秀な猛獣使いになるコツとして重要です。過剰な我慢や抑圧は逆にエネルギーを爆発させるため注意が必要です。虎なのに猫かぶって生きている人も多いのですが、上手いコントロールが必要になります。ライオンも檻に入れて抑え込めば暴れますよね。麻酔銃(精神科薬)を利用しつつ、そこそこ自由に吠えさせて意識的に気分を動かすことなどがポイントになります。地震と同じで震度2~3程度が繰り返しおこりエネルギーが適切に逃げれば、震度7の大きな地震は起きにくいですよね。それと同じ発想です。

しかしこのようなエネルギーの強い人のほとんどは過去に他者から過度に抑圧された経験があると思います。その結果として自己否定が強くなり生きる意味や実感を失っている方も多いし、調教がうまくできていない方が多い印象です。

6章 対人関係の問題と感応・投影

ここでは対人関係の問題を扱います。精神症状の多くは対人関係の悪化などを契機に増悪する傾向にあり、親子・兄弟・夫婦・友人・職場の上司・同僚含めてその関係性に配慮することはセルフケアにおいて非常に重要な要素となります。

対人関係で注意が必要なのは、もちろん気が合う合わないはあるのですが、不満・イライラ・葛藤などもやもやしているものをこころに抱えている人が近くにいる場合です。そのようなケースでは投影・感応という現象が生じ、下の図の例のように近くにいるだけでAさんと同じ思いをBさんも共有するということが起きます。Bさんは本来イライラしていないのにAさんのイライラが伝わり何故かイライラしてしまうのです。これは家庭や職場で1人不穏な人がいるとなぜが自分も心がおかしくなってしまう現象に通じます。この現象は特に2者関係(1対1)関係で強化されるので、人が少なくて人との距離が近い場合などに注意が必要です。

対人関係の問題と感応・投影01

対人関係の問題と感応・投影02

対処方法としては

  • 距離をおくこと
  • 2者関係を避けること
  • 投影・感応の仕組みを知ること
  • 相手を知ること・理解すること
  • 過度の感情の表出に注意すること
  • 人を信用して信用しないこと

などがあります。

・距離をおくこと

この中で距離を置くことは非常に重要になります。家族の関係性の問題で夫婦・親子の関係のトラブルは距離を置くことで落ち着くケースが多いです。逆にコロナの問題などで在宅勤務が増え、夫婦の距離が近くなることでトラブルが増えているのはこの裏返しです。距離を置くという戦略の一番の問題は経済的な問題です。別居したいけどお金がない、広い家に引っ越したいけどお金がないといったことです。職場でも苦手な上司がいるものの配置転換ができず上司と距離がとれないが、経済的な問題で仕事をやめられないといったケースがあてはまります。

・2者関係を避けること

また2者関係を避け、空間を第3者に開放するだけで一定程度関係性は改善します。私が以前臨床で実践していたオープンダイアローグでも多職種の複数の治療者と複数の関係者を集めることで場の空気を安定化させるといったことをやります。家で暴れている子がいても、第3者的な視点が入ると安定するといった例でもわかります。また2者関係では退行といって精神的に幼児化する現象も生じやすいので、人はよりわがままになりやすくトラブルが起こりやすくなります。冷静な思考が阻害されやすいのです。

・投影・感応の仕組みを知ること

また投影・感応の仕組みを知るだけでもいいと思います。上の図でBさんが理由もなくイライラした時に、Aさんの問題であるのだなと理性・知性で理解するだけでもだいぶましになります。よくわからないというのが人間を不安にさせるので、仕組みが理解できるとそれだけで精神症状が落ち着くことにつながります。

・相手を知ること・理解すること

また相手の性格・傾向・病理などまで理解できるといいですね。カサンドラ症候群といって相手の発達障害の傾向が理解できず振り回されて精神疾患を発症する方も多いです。相手に対して怒りや憤りを示し「相手は何もわかってくれない」とおっしゃる方が多いのですが、実は自身も相手のことをわかっていないケースがほとんどです。相手を理解することでそれが鏡の様に反射して自身の問題や考え方・生き方を見直すという結果になることもありますので、他者理解は自己理解にもつながると考えられます。

・過度の感情の表出に注意すること

精神疾患を抱える家族に多いのですが、HEE(high expressed emotion)という高感情表出傾向の家族と同居する精神疾患の方の予後は不良といわれております。感情を出す方はすっきりできますが、受けた方は嫌な気分になります。自分自身の感情コントロールも対人関係改善の大きなカギになります。

・人を信用して信用しないこと(または信頼して信頼しないこと)

「人に裏切られた。全く信用できない」と話す方や「あの人を100%信頼できる」など話す方がおりますが、どちらも人間関係を不安定にしがちです。背景には未成熟なこころの防衛機制があります。信頼関係が100%成立するといいことでは?と考えがちですが、人の気持ち・思いなど天気のように変わるものなので絶対不変なものでない、無常であると思っている方が現実に近いです。

0か1の思考自体が正確ではないのです。境界型パーソナリティ障害という疾患は人間関係でトラブルを抱えやすい特徴がありますが、それはこの思考方法が背景にあるからです。脳が成熟するにつれて、人は信用して信用しない、信頼できるし信頼できないといった矛盾・葛藤を抱えることが可能になっていきます。結果として程よい人間関係を維持できるようになるのです。

7章 薬物治療の役割

薬物治療の役割01

薬を使わないで何とかしてほしいという相談が一定数ございます。このHPで「薬をあまり使わないで診療します」などと記載されている影響と思いますが、そのことについてお話させて頂きます。

精神科医療における薬物治療は診療にとって非常に有効な手段の一つであり、武器として欠かせないツールと考えられます。もちろん心理療法やカウンセリング・生活習慣の見直し・休養で何とかなる場合もあるのですが、日本の医療の診療報酬上、低コスト・低労力で効果を上げる必要があるため薬物治療に頼ることは致し方ない面があります。例えばうつの治療で必要な「脳をうまく休ませる」ということでも、診察の短い時間の中の生活指導だけではどうしてもできない場合が多いからです。

薬を拒否する理由としては、大きく分けて薬の副作用を気にされているパターンと飲むことが癖になるのではないかという依存への不安のパターンの2種類があると思います。
薬の副作用についてですが、これは薬の量と質で決まります。例えば皆さまが毎日飲む水についてですが、これは自然のもので全くからだに害がないと思われますが一気に5Lの水をからだに流しこんだ場合は死亡する場合もあります。薬だからダメとか水だからいいとかいうのではなく、その量と質で副作用は決定されるのです。投与量に配慮し薬の副作用を理解し対処するというのがすべての物質を身体にいれる場合の基本姿勢になります(薬の本に書いてある大量の副作用症状を気にする方も多いのですが、あれは何か起きた場合のメーカーの弁明のために記載されているものが多く情報としてあてにならず注意が必要です)。

次に飲むことが癖になることについてですが、病状によっては毎日飲むことが必要になる場合があります。高血圧や糖尿病と同じ病気と考えて下さい。高血圧なども発症するとなかなか改善しないため、内服開始した場合は基本的には一生薬を飲むことが多いです。塩分制限や減量など努力した場合は薬の減薬や中止も可能かもしれませんが・・・。精神科の病気によっても例えば統合失調症などは基本的には薬を一生飲むことが必要になります。もちろんすべての精神疾患がそうとは限りません。また本当は必要ないのに依存してしまうということであれば、いくつかの薬がそれにあてはまります。例えばデパス(エチゾラム)などの薬はその典型で、その効果の切れの良さや半減期の短さなどから依存しやすい、つまり癖になる可能性の高い薬です。そのような薬の内服には細心の注意が必要なのは言うまでもありません。

まとめると、薬を使うかどうかについてはその病状、経過、年齢、生活環境含めて総合的に決めるというのが一番バランスがとれていいと思います。病状が重いのに絶対に薬は飲まないとか、必要がないのにどうしてもデパスが欲しいなどはやはりバランスに欠けるかなと思います。

特に病状が重い場合に「薬の飲むこと自体が不安・恐怖である」「薬に毒が入っているに違いない」といった思いがでることが多いため、逆に必要な薬を絶対に飲まないといった逆説的なパラドックスも生まれやすいです。拒薬するほど病状が重いという感じです。薬を絶対に飲みたくないときに、「もしかしたら病状が重いかも」と考えてみるものいいかもしれないですね。

また過去の薬物治療によって、何かしら副作用などで怖い思いをした場合や使い方や服用方法を間違えて効果がないと主張する場合もあったりします。こちらとしても色々と薬が必要な理由を説明したりするのですが、受け入れられない場合もあります。それはそれで仕方ないと思ったりもします。

最後に薬物治療の意義・役割についてですが、

①脳を安ませるため
②脳の機能を正常に近づけるため
の2つに大きく分けられます。

薬物治療の役割02

2章でも書いていますが、脳が疲れるとうつ状態という状態になり、不安、抑うつ、意欲低下、思考抑制、自責感、希死念慮、不眠、食欲低下、イライラ、涙などの多彩な症状が出現します。
治療には脳の休息が必要です。脳を安ませるためには、ぐっすり眠ること、ぼ~とすることが大事ですが、うつになる人はそのようなことが不得手な方が多いです。

ぐっすり寝て下さい、ぼ~として下さいといってもできない訳で、その補助をするのが薬の役割です。薬の種類としては抗不安薬、睡眠薬などがそれに相当すると思います。また抗精神薬といってもっと強い薬がありますが、それは脳を安ませる力がより強いです。脳の機能の強制シャットダウンに近いです。

また脳の機能を正常に近づけるものとしては、抗うつ剤があります。抗うつ剤によって脳内のホルモン(セロトニン、ノルアドレナリン、ドパミン)のバランスがとれるようになり脳の機能が正常に近づくといわれております。もちろん統合失調症で使用する抗精神薬にもドパミンのバランスを整え脳の機能を回復させるものがあります。
以上、薬の服用の意義などについて述べましたが、別のリンクボタンで当院にてよく使用する各薬剤についてまとめますので参照して下さいね。

8章 脳に悪影響を与える思考・感情パターン

精神症状、特にうつ状態の症状が治りにくい方には、いくつかの思考や感情のパターンがあると考えております。以下にそれをまとめます。

・善悪での価値判断

旧約聖書では善悪の実を人間が勝手に食べることで、アダムとイブが天国から下界に追放にされた話があります。普通に生きていますとこの善悪の概念はあまりにも当たり前なのですが、「悪い」と考えることは脳に負担をかけます。また客観的で理性的な視点の妨げになったりもします。善悪の判断をする前に起こっている現象を客観的に正視する姿勢が大事です。善悪の価値判断が正確な状況判断を鈍らせることがあるので注意が必要です。またこどもに悪いと注意すると分かると思いますが、とにかく本人は泣いたりして非常に嫌がりますね。「悪い」ということば自体の問題かもしれませんね。

脳に悪影響を与える思考・感情パターン01

・自己否定が強い

心理学系の書籍には沢山書かれておりますが、自己否定は脳に悪影響を及ぼします。現在外来通院中の方でも自己否定が強い方が沢山おられます。背景には過去や現在進行形の失敗体験、トラウマ体験、生育歴で否定され続けたことなどがあります。

特に自己否定が強い方は「自分は自分のもの」だからという理由で自己を大切にしない傾向にあります。自分あいてだからいいと思って、過度に執拗に自己批判したり、無理な働きを自分に強要したり、夜寝かせなかったり、乱れた食生活をしたりです。もし自分自身が他人様と思った場合に同様のことをするか考えてみるといいかもしれないです。批判は控え目にして、無理をしない方がいいと語り、夜は寝かしつけ、栄養のある食事を与えたりなどするはずですね。

・他者への恨みつらみが強い

これも強いと精神症状は改善しにくいですね。生物学的には怒りや恨みなどの感情は免疫力を下げることはいわれておりますが、脳にも非常に悪影響を与えます。心理学的には自己否定と同じなのです。日本語には主語がはっきりしない部分があるので、相手を批判したり恨んだりしても自分自身を批判したり恨んだりすると脳が勘違いする傾向にあります。

・人と比較すること(特に同年代)

人と比べることは自己否定につながりやすいです。どの年代の方にも万遍なく認められますが特に若い世代で非常に多いです。人は脳内でこの比較をして苦悩することで膨大な思考・感情のエネルギーを浪費しております。学校教育などでは人と比較・競争することがデフォルトになっており、小学校、中学校、高校と同年代の人と長時間過ごすことも影響していると考えられます。人はより年齢やタイプが近い人と比較する癖があるのです。例えばAさんは貯金がなくて友達もいないけど、同学年のBさんは100万円持っていて、友達も30人いる場合など。20歳年上のCさんがいて資産は1億円で友達というか知り合いが1000人いる場合など。AさんはBさんにはもの凄い嫉妬しますがCさんにはまり嫉妬はしない傾向にあります。別世界の人と考えるのですね。Cさんの方が1億円もっているので嫉妬し甲斐がありますがしないのですね。面白いですね。人との比較が幻想であると気付けるかどうかがポイントなのですが、なかなかできないですね・・・。

脳に悪影響を与える思考・感情パターン02

・他者配慮・他者視点を重視しすぎること

他者からの評価を非常に重視し、自分はなんだかわからない・何をしたいのか・何をしているのかわからないといった人達です。やはり若い人達に多い傾向です。若いと立場は弱い傾向にあるので致し方ない面があります。人に気を使うので非常に疲れやすい生き方になります。過剰な他者配慮ともいいかえることが可能です。アダルトチルドレンといって機能不全家族に育った場合なども、自分さえ我慢すればいいと考えがちになるので他者配慮が過剰になりがちです。自分がなくなるという意味で自己否定につながる生き方・考え方と考えられます。

・過程よりも結果(勝ち負け)を重視すること

学校、社会ではあまりに一般的なのですが、自己否定につながりやすいです。「勝てばいいのでは?」と考えがちですが、人生長いので勝ち続けることは難しいです。負けたときに自己否定につながりやすいです。また勝ち負けを意識するだけで膨大な無駄なエネルギーの消費があります。また勝ったとしても傲慢になったり油断したりとかすることがあるのでどうなのでしょうか?
脳への負担を考えると勝ち負けの概念を超える視点が重要かなと思います。「人生万事塞翁が馬」ということわざがありますので参照下さい。

・早急に変わろうとすること

変わろうとすること、改革などは物事をよくしていこうということなので基本的に世の中では推奨されますね。「変わることが問題かな?」と考えがちになりますが、変えたいということは根本的には今の自分は駄目だから変わろうという心理的な背景があるのです。自己否定に近いですね。だから変わろう変わろうと焦る前に「こんな自分でもいままで何とかやってこれたのだ」「いままでよく頑張ったね」「生きてきてくれてありがとう」といった労いや感謝を自分に向けてすることがまずは必要なのです。そんなことをしていると自然に変わっていくというのがスムーズな変わり方ですね。

・すべき思考・あるべき思考への偏り

家庭で何らかの宗教を信仰しているケースや世間体といったものを過度に重視する家庭に育った場合などで多いです。心理学的には親の超自我が強い状態ともいわれます。もちろん本人の性格的な要因が大きい場合もあります。「縛り」「硬さ」といったキーワードが近いです。ああすべきこうすべきでこころと身体を縛るため窮屈な生き方になり、脳を休めるのが下手で常に何かに追われて疲れている方が多いです。強迫性格に近いです。

・過去や未来への思考の偏り

過度に過去の後悔を繰り返す方や未来への不安が強い方のことです。現在に焦点があっていないため魂が浮いているというかエネルギーが充填されずにいつも疲れている印象です。多いパターンとしては過去:現在:未来=7:1:2とか3:0:7とかですね。現在に10の割合でフォーカスできればそれはそれで理想的なのですが、現実的には1:7:2位がバランスがとれていいでしょうね。過去を振り返りつつ、未来の想定もそこそこして今へのフォーカスに一番エネルギーを向けるといったものです。

・過剰な感情の浮き沈み

躁鬱病でみられるような気分や感情の大きな変動は脳に悪影響があります。双極性障害の方は認知症の発症リスクが高いともいわれております。過度な興奮・活動は脳へのダメージが大きいのでしょうね。また過去に大麻や覚醒剤、危険ドラッグなどを使用した方も、今は使用しなくなっても残遺型精神病といって鬱などの症状が永続することがあります。薬物への直接的な脳へのダメージもありますが、喜楽などの感情の過度の消費が背景にあると考えられます。トラウマ体験とその後のPTSDなども過度の感情の消費をもたらします。あとあまり怒らないほうがいいです。過剰で継続した怒りなども脳には悪いです。いじめた相手への怒りを抱えていると逆に自滅する可能性があるという不条理があるのですね。

以上脳に悪影響を与える思考・感情の話をしました。自分に当てはまるものがあればちょっと見直してみて下さいね。

9章 脳によい影響を与える生活パターン

ここでは脳の健康に必要な生活・環境についてまとめていきます。

・夜眠ること

仕事などで昼夜逆転の生活をしている方は仕方ないのですが、夜ちゃんと眠ることは精神疾患治療の1丁目1番地です。夜眠れない状態でいくら薬を飲んだりしても精神症状はなかなか改善しないことが現実です。

・生活環境の問題

生活の問題で一番大きいのは騒音問題です。幹線道路の近くや近くで工事をしている、マンションで上の階の人がうるさい、近くのカラオケ店の音がもれるなど騒音問題は精神症状に大きな影響を与えます。薬ではどうにもならないこともあるので引っ越しも含めた対応が必要です。また清潔の問題もあります。うつなどの精神疾患を抱えた方の中には部屋は汚部屋で風呂にも入らない方も多くおられます。脳の健康と直接の因果関係ははっきりしませんが、脳が健康な方は掃除をこまめにして毎日お風呂に入っている傾向にありますのでまずは真似ることから入ってください。温かいシャワーを浴びながらモーツアルトなどのクラシック音楽をきくと副交感神経が活性化してリラックス効果があるといわれております。

脳によい影響を与える生活パターン01

・過剰な刺激はさける

特に気分の波が大きい人や人の影響を受けやすい方は注意が必要です。対人関係で刺激的な人を避けることや場所を避けることが大事です。ただ影響を受けやすい人ほど、刺激を好む傾向にあるため非常に厄介です。

・適度な運動をする

いうまでもありませんが適度な運動は重要です。自律神経の問題が大きい場合は発汗運動・サウナなどが重要になります。鬱状態の背景に起立性調節障害などある方は特にこの運動習慣が心身の改善を早めます。

脳によい影響を与える生活パターン02

・栄養をしっかりとる

栄養不足(タンパク質、ビタミン不足)があると精神疾患は改善しません。セロトニン、アドレナリンなどの脳内ホルモンはタンパク質で構成されておりますので適切な食事摂取は治療に必須となります。女性の方を中心に食欲低下して痩せて喜んでいる方がおりますが治療上は間違いです。摂食障害という病気ではボディイメージの異常といって、病的な痩せでも、「自分は太っている」と確信していたりします。精神病に近いともいわれており、脳に栄養がいかないとさらに悪化する傾向にあるため非常に厄介です。またアマニ油やシソ油、サバなどの魚の油に含まれるω3系の油はDHA、EPAの生成につながるため脳にはいい影響を与えます。

脳によい影響を与える生活パターン03

・腸内環境を整える

腸脳相関といって腸内環境の状態が脳の状態にも影響を与え、逆に脳の状態が腸の状態に影響を与えるといわれております。緊張すると下痢や便秘をするといった症状がでることは皆さん経験済だと思います。腸が体内のセロトニンのほとんどを生成しているともいわれております。腸活をすることで腸内環境を整え、下痢・便秘を防ぐことが精神症状の改善には必要と考えられます。腸内細菌製剤としてはミヤBMやビオフェルミンなどクリニックで処方可能ですが薬局でも様々な菌が販売されているのでいろいろ試してくださいね(具体的にはエビオス、ワカモトなど)。またオリゴ糖は腸内細菌の餌になるので同時に摂取するといいと思います。

脳によい影響を与える生活パターン04

・断酒・禁煙

アルコールやタバコは脳に悪影響があります。アルコールを睡眠薬代わりに使用している方も多いですが絶対に辞めて下さい。アルコールは入眠について比較的改善させますが、眠りを浅くして睡眠の質を著しく悪化させます。また神経細胞を破壊して認知症を早める可能性も高いです。以下の単位換算表で1日1単位以下に控えて下さい。タバコについても血管を損傷することで動脈硬化を進行させ、脳梗塞のリスクを高めます。また喫煙により精神科薬の血中濃度が下がり、薬が効かないことや必要な薬の量が増える事態が想定されます。また最近タバコの値段は高いので経済的な負担も大きいです。喫煙によるリラックス効果を差し引いても、タバコを吸うメリットはほとんどないですね。

アルコール単位換算表

アルコール1単位=純アルコール20g
日本酒(アルコール度数15)----1合(180ml)
ビール(アルコール度数5)----500ml(中びん1本)
焼酎(アルコール度数25)----0.6合(110ml)
ウイスキー(アルコール度数43)----ダブル1杯(60ml)
ワイン(アルコール度数14)----1/4本(180ml)

缶チューハイ(アルコール度数5)----1.5缶(520ml) ストロングゼロ(アルコール度数9)----280ml

脳によい影響を与える生活パターン05

・身体疾患のコントロール:特に痛み

身体疾患と精神症状の関連も重要です。糖尿病で血糖コントロールが不良の場合は気分の変動に影響するだろうし、睡眠時無呼吸症候群(OSAS)が改善しない場合はうつ状態は改善しなかったりします。甲状腺ホルモン、性ホルモンも精神症状に影響を与えます。また腰痛、頭痛などの痛みもうつ状態との関連が指摘されております。痛みの治療の抗うつ剤を使用することもあります。

脳によい影響を与える生活パターン06

・笑うこと

笑うことでNK細胞が活性化して免疫力がアップすることは多数の証明されております。最近の研究で笑いとうつ病、不安、睡眠の質の改善の関連が指摘されております。脳が健康だと笑うことができるので因果関係が逆のようにも思われますが、笑うことは無料でできるので実践する価値はあると思います。笑いという行動から精神症状に影響を与えようとする発想です。

脳によい影響を与える生活パターン07

10章 自殺はしないこと

「生きている意味がないので死にたい」と話す方が毎日おられます。自殺原因の9割以上は精神疾患(特にうつ状態)が関連するといわれております。うつ状態になるとうまく働かない脳を破壊したくなる、つまり自殺したくなるようです。また特にうつ状態でのアルコール摂取は非常に危ないです。衝動的に自殺する可能性が高まります。また自殺の原因のほとんどがうつ状態と考えても、自殺をしたいときはまずは脳を休める、ぐっすり寝ることが重要な戦略になります。過量服薬をすすめる訳ではありませんがそれに近いことが必要です。脳の一時的なシャットダウンです。それで自殺の保留を継続していくことが必要です。

また人間は必ず寿命がくれば死にます。自殺したい方は自殺する前に精神科病院に1か月程度入院することも考えて下さい。どうせ死ぬのだから1か月程度の入院をしてみようでもいいと思います。

早まって自殺して関係者に甚大な影響を与えることだけは避けて欲しいです。
その他、自殺することで関係者への復讐などの心理的な面もあるかもしれませんがここでは取り上げません。