お知らせ

適応障害における会社との適切な付き合い方について

 当院には会社員の方も多く来院されますが、その中で一番多い疾患が「適応障害」というものです。ICD-10というWHOが出している診断ガイドラインによると適応障害について以下のように記載されております。「主観的な機能と情緒障害の状態であり、通常社会的な機能と行動を妨げ、重大な生活の変化に対して、あるいはストレス性の生活上の出来事の結果に対して順応が生ずる時期に発生する」とされます。簡単なことばに言い換えると、「環境変化に適応できずに心身が疲弊して社会生活に支障がでてしまった」状態ということです。

 典型的なのが、社会人1年目で入社後数カ月(6月~7月)頃に会社生活に不適応を起こし、軽度の抑うつ、不眠、不安、情動不安定などの軽度のうつ状態になるケースです。あるいは比較的長く会社員をしていた方でも異動、昇進などを契機に発症することがあります。通常は環境変化から数カ月で発症するのですが、数年経て発症することもあります。ICD-10では遷延性抑うつ反応と記載されておりますが、ストレス耐性が強い人が限界を超えるまで絶え続けた結果と推察されます。我慢強くて生真面目な方に多いパターンです。

 適応障害は会社員に限らず、学生・主婦などの方々にも、もちろん生じます。高校生の場合は高校入学後や学年が変ったタイミング、大学生では大学入学後や就活の時期に多く、主婦の場合は引っ越し、親の介護、夫が転勤から戻る、離婚など生活環境の変化が誘因になります。

 今回は会社員の適応障害に絞って話をすすめていきます。適応障害と診断した場合、まずは職場環境調整(異動など)が可能か検討することが最初のステップとなります。適応障害は精神疾患としては軽症の部類であり、環境調整のみで改善するケースがほとんどだからです。

 年齢が若い場合やITスキルなどスキルがある方、看護師などの資格がある方は転職しやすいため転職されるケースが多いです。転職して新しい環境で問題なければ、基本的に通院は終了となります。

 中高年の方で転職自体が困難な場合、養う家族がいて転職すると収入が落ちるために会社を辞めるに辞められない場合などは問題が複雑になりがちです。転職・退職ができない場合、基本的なスタンスとして社内の異動(業務内容の変更、苦手な人と距離をとる)タスク量の低減などで対応していくことになります。大企業で余裕がある会社の場合は問題になることは少ないのですが、中小企業で異動する部署そのものがほとんどないケースや大企業であっても業績が悪く会社に余裕がない場合に問題がこじれがちです。

 特に大企業の場合、最近のインフレの影響で新卒や若年層の給与を上げているケースが増えております。若年層の給与増額の原資として中高年の給与の減額がバーターとなっております。中高年の給与減額について、給与規定があるため表立って簡単にはできないため、リストラで給与総額を減らすことが検討されるわけです。日本では労働基準法により解雇規制が強く余程のことがない限り労働者が解雇・リストラされることはないのですが、その代わりに様々ないじめや嫌がらせにより自主退職へ誘導する方法がとられます。敢えて望まない部署へ異動させる遠くへ転勤させる無理難題をふっかけるつまらないどうでもいいような業務を命令する頑張って結果を出してもあえて評価を下げるなど本人のこころが挫けるように様々な揺さぶりを仕掛けてきます。そのような嫌がらせによって適応障害を起こすのは当然といえば当然です。そもそもの目的が心を折って本人に退職を促すことだからです。診断書で休職を指示して職場環境調整が必要であると主治医として意見するのですが、もちろんまともに対応することはないです。会社も生き残るために必死な訳だからです。

 休職後には会社としては次のステージに入ります。会社によっては休職中も細かい嫌がらせをしてくることがあります。休職中毎週病状の報告を上げさせる「あなたのことを考えるとこのまま仕事を続けてもよくないのではないか」と本人を気遣うように懐柔して退職を勧奨する復職をするための要件をどんどん上げていく復職は元の部署のみとして異動は認めない産業医面談で圧迫するたとえ会社要因であっても就業規則で定めた休職期間を超えた休職の場合に自主退職を既成事実化するなど様々な方法を使って退職へ巧に誘導していく訳です。もちろん善意に基づくものもあるのでその見極めは個別にきちんとしないといけません。

 また会社には職員の安全配慮義務というものがあるのですが、それも上手く利用されることがあります。安全配慮義務のためA業務をやらせることができないといい、あえて本人にとって不本意なB業務を指示するなど、安全配慮義務を隠れ蓑にした嫌がらせも可能です。

 このような状況に陥った場合の対処方法について以下に簡単にまとめます。

①本当に嫌がらせなのかどうかをきちんと分析すること

 会社の嫌がらせではなく単に自分自身が本当に仕事が全然できていない場合や本人が必要以上に被害的になっている(被害念慮)こともあります。特に診療場面では本人の意見のみしか聴取できないため、会社要因なのか本人要因なかの見極めは難しいことも多いです。本人が全く仕事できないため、結果的に会社から嫌がらせを受けるというケースもあります。

 当院では、会社から本人の病状についてききたいと面談の申し入れがあった場合、本人の許可が得られれば面談に応じております。面談の結果、やはり本人自身のパーソナリティや能力に問題があると気づかされる場合も多いです。

 主治医として基本的には本人の味方になりますが、あまりにも話の辻褄がおかしい場合や会社がきちんとしている場合は本人の至らない点を指摘することもあります(そのようなケースでは転院になる場合が多いです)。

②感情的にならないこと

 そこまで虐められると「こんな会社すぐにでも辞めてやる!」と自暴自棄になりがちですが、そうなると相手の思うつぼです。怒る気持ちもごもっともですが、嫌がらせを受けることも給与の内と考え、こころの中は平安にして理性的に対応することが重要です。理性的であるとともに、労働基準法、就業規則、傷病手当金、失業手当などについてきちんと学習して、退職した場合も想定して人生設計を立て直すことも必要です。また怒り自体が免疫力の低下を通して心身にダメージを与えうるので、怒りを必要以上に持続させることは結果的に自爆することにつながり勿体ないことです。

③決断は先送りにすること

 辞めることも一つの選択と思いますが、すぐ辞めるという決断はしないことです。特にうつ状態の場合は正常な判断能力を失っている場合があります。辞めることはいつでもできるので、衝動的に退職を決めることは避けた方がいいかと思います。また嫌がらせに対する仕返しという意味では長く会社に在籍することも1つの手段となります(休職中も社会保険料の按分負担が会社に生じます)。あまりにも理不尽な対応をされた場合は、小さいことですがそのような形の仕返しは可能です(もちろんあまりお勧めはできません)。

④きちんと通院すること

 後々突っ込まれないように医師の指示通りにきちんと通院することも重要です。ご自身の都合や家族の問題などで通院が安定しない方がおられますが、きちんと治療していないと判断され傷病手当金が不支給になるケースがあります。また場合により解雇の口実を会社に与えることにもなります。処方薬のもらい忘れなども注意して指示通りにきちんと通院だけはした方がいいかと思います。

⑤労災も検討すること

 あまりに会社の対応が悪い場合や不本意な扱いを受けた場合は、労災の利用を検討することも可能です。労務に詳しい社労士、弁護士に相談することが望ましいです。

 当院は労災指定医療機関ではありませんので、労災を取り扱っている医療機関をご自身で探し転院することも必要になります。

⑥働き方を見直すこと

 仕事はきちんと真面目にやるのは当たり前と思っている方もおられますが、会社の対応、待遇により働き方を柔軟に見直すのもいい機会かと思います。一生懸命に真面目に仕事に取り組んでも、評価が低いのであればサボタージュすることも対策の1つとなります。そもそも労働とは自分の人生を切り売りして、会社にそれを買ってもらっているのです。低賃金でも必要以上に頑張ってしまうとそれはただの安売りです。安売りをしていると、会社や国はそれに甘んじてどんどんと負荷をかけてくることもあります。中国では「寝そべり族」という現象が生まれているようですが、努力しても無駄なのであれば努力しない、低賃金に見合った働き方を模索するのも一つのやり方だと思います。

 海外のように解雇規制が緩い場合は適応障害は問題になりにくいと考えられます。日本では幸か不幸か解雇規制が強いため、本人と会社の関係が濃密で複雑になりやすく、社会的にも労働市場の流動性が低いため転職もしにくく、適応障害が生じやすい環境となっております。嫌な業務なら本人はさっさと辞める、会社も業務遂行に適さない場合はすぐに本人を首にするといった環境下では、適応障害を生じようとも問題はこじれにくいと考えられます。

 人間関係でも、適切な距離を安定して維持することが一番重要で一番難しいことです。会社は人間ではありませんが「法人」と擬人化して考えることも可能です。あくまでおおざっぱな例えですが、海外の場合、会社と個人は恋人程度の関係だとしたら、日本の場合は夫婦関係に相当し、よりトラブルを生みやすい状況と考えられます。

 会社を信頼して信頼しないという、矛盾しながらもバランスのとれたスタンスを維持し、経済的ならまだしも心理的には依存しない姿勢でいることが重要だと思います。

<通院中の方>診療に関するお問い合わせについて

症状について、薬の副作用について、診断書発行の可否など質問等がある場合、電話・メールではなく可能な限りLINEにて連絡をお願い致します。

クリニックの休診日や診療時間後の時間帯も対応しております。

病態水準と治療方針の関係について

 病態水準とはカーンバークによって提唱された精神分析の概念です。精神症状はその重症度によって神経症レベル、境界例レベル、精神病レベルの3つの病態水準に分類可能です。そのレベルにより対処方法・治療方法が異なりますので、病態水準の評価は治療計画を立てる上で重要な指標となります。どうしても薬(精神科薬)を使いたくないとおっしゃる方がおられますが、病態水準により投薬は必須です。

 神経症レベルの疾患としては不安障害、パニック障害、心身症などの比較的軽症の精神疾患があります。このレベルであれば認知行動療法、暴露反応妨害法などの心理療法で対応可能なことも多いです。薬物療法については必須ではありませんが併用することが多く有効です。

 境界例レベルの疾患の代表的なものは強迫性障害です。強迫性障害は強迫スペクトラム症の一疾患です。強迫スペクトラム症の中に自己臭恐怖、醜形恐怖、心気症、摂食障害などの疾患があります。境界例レベルでは基本的に薬物療法は必須です。このレベルの方は薬物療法自体に恐怖を覚えることが多く、心理療法や漢方薬のみでの治療を望む方がおられますが、薬物療法は必須と考えます。薬物療法に加えて、暴露反応妨害法などの心理療法を追加しております。このレベルでの方で薬物療法に強い抵抗がある方について、当院では対応困難が予想されます。ご予約の際はご注意下さい。

 精神病レベルの疾患の代表的なものは統合失調症です。薬物療法が中心となり心理療法を併用することはほとんどありません。ただし疾病理解のための心理教育を行うことは必要です。

 うつ病・双極性障害については病態水準がその時々で変化します。そのときの病態水準や状況によって対処方法は異なりますが、薬物療法と心理療法を組み合わせて対応することが多いです。

 以上簡単に病態水準と治療についてまとめました。