お知らせ

受験生とその家族のメンタルヘルス

当院では高校生の診療を行っておりますが、多くの方が大学受験をされます。うつ病や不安・パニック症、ADHDを抱えながら受験をされる場合、様々なハンディキャップを抱えての受験となりますが、医療機関で対処可能な支援や受験勉強のポイントについてまとめたいと思います。また当院では小学生を対象に診療は行っておりませんが、中学受験についてご家族のメンタルヘルスが重要なテーマになると考え、一部加筆しております。

<睡眠をきちんととること>

以前は4当5落などの言葉もありましたが今はそれほど使われないのではないでしょうか。睡眠を必要十分にとることは、勉強できちんとパフォーマンスを発揮するための基本中の基本です。絶対に睡眠を削って勉強してはいけません。

受験勉強中は特に、睡眠リズムも乱れがちでリズムが夜型になることが往々にしてあります。日に当たることが少ないためにリズムが後退してリセットされないためです。受験本番の試験は基本午前中に実施されるため、朝早く起きる習慣が重要です。この朝方の睡眠リズムについては、少なくとも受験数か月前から整えはじめ受験1か月前からは受験当日と同じ時刻に起床することが重要です。

特に受験直前期になると、不安・緊張から入眠困難になりそのまま朝まで迎えてしまい一睡もできない人もおられます。一睡もできない場合、脳のパフォーマンス低下は避けられません。入眠困難の背景で一番多い原因は不安・緊張などの心理的要因です。超短時間型の睡眠薬・抗不安薬が有効ですので適量を試すことがすすめられます。依存性の点で薬の使用に抵抗がある方もおられますが、受験直前期という短期間でかつ特殊な状況での使用であればほとんど問題になりません。薬を使用する場合は調整に1か月は要しますので早めの受診・通院がすすめられます。

<中学・高校受験トラウマ>

中学・高校受験において第一志望に受からなかったなどの体験で心理的にダメージが大きかった場合に、受験そのものがトラウマになることがあります。受験期が近づくと過去のトラウマ記憶がフラッシュバックし、悪夢や不安・パニック発作などの症状で勉強に実が入らなくなります。ひどい場合は抑うつ気分が強くなり勉強のパフォーマンスが大きく落ちる結果につながります。

トラウマの克服法として一番の王道は受験に合格することですが、トラウマ関連反応が強く勉強に影響する場合は、受験前の治療介入が必要となります。本来であればトラウマに焦点をあてた心理療法を時間をかけて行いますが、治療に要する時間・期間の問題から受験前に実施することは困難であり、薬物療法にて各症状を緩和させることが中心となります。

<いかに休むか>

受験生に限りませんが、多くの方はいかに勉強するか、いかに仕事でパフォーマンスをあげるかに力をいれてしまい、休むことを軽視する傾向にあります。精神疾患特にうつ病に罹患した場合は逆に「いかに休むか」という別の観点が必要になります。

うつ病の場合に、朝方調子が悪く、昼から夕方にかけて症状が改善するという日内変動が一般的にみられます。受験まで余裕のある時期であれば、睡眠リズムに関してあまり気にせず朝ではなく昼~夜にかけて勉強に集中するというのもひとつのやり方です。

またうつ病は日によって調子がいい日と悪い日を繰り返しながら経過し回復に向かいます(春の三寒四温と同じです)。調子のいい日にまとめて勉強し、調子の悪い時は何もしないで休むといったタイムスケージュールを組むことが重要です。調子の悪い日は「脳を休める」ことに全集中して、いろいろなことを悩んだり嘆いたり焦ったりしないことが重要です。調子の悪い時に無理に勉強をすると、うつ病の回復過程を損ねてしまい、(季節で例えると)冬にまた逆戻りすることになりかねません。「焦り」は禁物です。うまく頭が働かないと焦るのは仕方ないのですが、いかにこの「焦り」を小さくし、上手に休みつつ勉強に取り組むことができるかが問われます。

<選択と集中>

このテーマは学校や予備校の先生の専門となりますが、受験は要領よく戦略的に取り組むことが重要です。特にうつ病、パニック症などの精神疾患に罹患している場合、それだけハンディを背負っていることになります。利用できるリソースは限られているため、少ないリソースでいかに工夫をして勝負をするかが鍵となります。志望校を決める際も科目・試験内容ができるだけオーバーラップする学校を選択すること、科目も可能な限り絞ることなど現実的かつ妥当な計画をきちんと立てることが重要です。友人や家族の目を気にして理想高く無謀な計画を立てることは避けるべきです。

<過集中と注意力散漫への対応>

これらの症状は神経発達症の方に多い症状・特性です。過集中で勉強に取り組むことは一見いいことだと思われますが、過集中のあとに疲弊してその後しばらくの間勉強に手がつかなくなることがあり、総合的なパフォーマンスで考えると過集中は非効率です。うさぎと亀の話であれば結局は亀が勝つことと同じです。絵を描く、造形物などの作品を作るなど芸術系の分野でシングルタスクであれば過集中が有効と思いますが、受験のように科目が多岐にわたりマルチタスクが必要な場合には過集中は足かせになるので注意が必要です。過集中についてタイマーを使って各科目の勉強時間をコントロールする、それでも難しい場合はストラテラ(アトモキセチン)などの薬物治療が有効なことがあります。

また逆に集中力がない、気が散って勉強に身が入らないケースではビバンセ(リスデキサンフェタミン)、コンサータ(メチルフェニデート)などの薬物治療が有効なことがありますが、依存性の問題もあり使用については注意が必要です。

<身体の健康にも配慮すること>

規則正しい睡眠はもちろんのこと、食事はバランスよく摂取すること、適度な運動習慣は重要です。食べすぎや減量、運動不足は避けるべきです。

またインフルエンザ流行期と受験シーズンは被るため、インフルエンザワクチンはきちんと接種することが望ましいです。また抗インフルエンザ薬の予防投与という考え方があります。家族や塾、学校など身近でインフルエンザが流行し、接触機会が多い場合、予防投与としてタミフルという抗インフルエンザ薬を1日1錠内服することで感染予防することが可能になります。タミフルを事前に自宅に常備することが必要ですが、保険適応ではないため自費で購入することになります。受験1か月前であれば逆にインフルエンザにかかってしまうのもいいかと思いますが、受験1週間前や直前期の感染は困るため予防投与としてタミフルを内服することはありと考えます。

<他人と比較することにリソースを割かないこと>

受験では他人と競争してより高い点数をとることが合格する秘訣です。他人と競争することでやる気がでて勉強に集中して取り組めるのであれば問題ありませんが、過度に他人を意識し気が散って勉強に集中できないのであれば対応が必要です。

受験勉強は山登りと似ております。目指す山頂は同じでも歩く速さであったりペース配分、ルートはひとそれぞれです。どの山を登るかの決定、ルートの確認、備品の準備、装備の点検、体調管理、出発の可否の判断、事故・天気の急変への対処方法の想定・・・などさまざまな点を考慮する必要があります。無理な登り方をすると怪我をする可能性があり、場合により死につながることもあります。他の登山者が走って登っていたり、ヘリで山頂まで進んでいる姿をみて焦ってしまうと事故につながることがあります。登頂までの時間制限ある中、自分のペースを崩さずたんたんと安定して登り続けることが必要となります。

<学歴厨にならないこと>

受験生の中に学歴に対する過度のこだわりをもったいわゆる学歴厨は比較的多いです。塾、学校、YoutubeなどのSNSの過度の煽りや社会を実際に体験していないことが背景にあると考えます。家族の中に学歴厨や学歴コンプレックスの方がおられて、影響を受ける受験生もおられます。また学歴を比較する偏差値は数値化されており比較検討するのに非常に分かりやすいツールです。特に神経発達症の傾向のある人は数字に対する親和性があるため、偏差値に過度にこだわることがあるので注意が必要です。学歴厨のなかで偏ったプライド・自尊心が形成されると様々な弊害が生じます

例①:あえて安全圏の学校は受けない→もし安全圏に落ちた場合に過大な自尊心を維持できないため、落ちても言い訳できる大学(東大)しか受けない。

例②:あえて努力しない→努力していないから自分はできないと言い訳にする。やればできるという理想の自己像を崩したくない。

以上の例のような行動はなんとも不可解ですが、そのような行動をとる背景に過度なプライド、自尊心があれば注意が必要です。

また、そもそも偏差値とは日本に住む同学年の人の限られた母集団の中での学力の位置です。大学受験でもせいぜい浪人生を合わせた母集団です。しかも問われるものは基本的に試験での得点のみです。偏差値自体が非常に限られた比較手段であり、年齢を重ねる毎にその価値が漸減していきます(40歳を超えて偏差値どうこう言っている大人はほとんどおりません)。

特に文系の学歴について世間での価値が高いのは大学時代、就活、せいぜい第二新卒までです。それ以降の人生では学歴以外に本人の能力(コミュニケーション、調整能力、自己管理能力)、人脈、資格・経験の有無、健康、体力、運、性格(気を利かせる人、優しい、怒らない)など様々な点が評価の対象になります。学歴の価値は大卒後に急激に低下していくものであり、今だけに注目せず長期的視野に立った視点が重要と考えます。

<受験生家族のメンタルヘルス>

受験生を抱える家族のメンタルヘルスも志望校合格には重要となります。家族全体⑨不安・緊張が及ぶこともあり対応が必要なことがあります。特に中学受験は特に親御さんの受験であるともいわれており、そのメンタルヘルスは重要な課題です。忙しい仕事や家事をこなしながらこどもの受験に向けてプリントの整理、勉強の手伝いや志望校の選定・見学、塾の先生との面談、送り迎え、弁当作りなどきりがない程のタスクがあります。さらに経済的な負担も大きく心身ともにきつい状況に追い込まれます。兄弟姉妹がいれば尚更経済的な負担が大きくなります。きちんと成績がでればまだいい方ですが、成績が不安定で本人のやる気もはっきりしないケースなどでは家族の心身の負担は非常に大きなものになります。

不安はもちろんのことイライラが強い場合や不眠などの症状が併発した場合はうつ状態である可能性があります。タスクの軽減、経済的な問題への対処などの環境調整が必要ですが、うまくいかないことが多いため必要に応じて薬物治療が必要になることもあります。薬物治療といっても受験までの短期間で、長期にわたり内服する必要はないため副作用について過度な心配はいらないかと思います。

また親の過度の期待が不必要にこどもの心に影響を与えていることもあります。心身の調子を崩した際には、ご自身の考え方や心のあり方について再考するいい機会であると考えるといいかもしれません。

以上、受験生のメンタルヘルスに関係するメンタルヘルスについて家族も含めてまとめてみました。当てはまるものがあれば参考にして頂ければと思います。