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脳(身体)の問題か、こころ(気持ち)の問題なのか?

「やる気がない」「気持ちがのらない」「何もしたくない」といった主訴で予約・来院された場合、対応方法に困ることが多いのですが、そのことについて少し深堀っていこうと思います。

症状の背景にあるものが、脳つまり身体の問題なのか、それとも単にこころや気持ちの問題(つまり、ただやる気がない)なのか悩ましいことがあります。治療方針を立てる上でそれらの問題の影響度合いを評価・検討することが必要となります。

そもそも論で、脳の問題とこころの問題という言葉の定義自体があいまいであり、そんなものはきちんと区別することができないとも考えられます。大雑把に、脳の中に何らかの障害があって精神症状を発症する場合を脳の問題、そうでないものをこころ・気持ちの問題と考えることにします(厳密には分けられないので注意して下さい、あくまで臨床的な便宜上の線引きです)。

上の図の中のパターン①のように脳の影響が大きい場合、薬物治療が効果的であることが多いです。例えば月経前気分不快障害ではSSRIという薬物治療で奏功することが多く、うつ病や双極性障害についても脳の影響がより大きい場合は薬物治療が効果的です。

こころの問題の影響が大きいパターン②のような場合、薬物治療の効果は限定的で心理カウンセリングが対応として優れております。当院では、このような場合、臨床及び公認心理士による心理カウンセリングを並行して行い、心理士と協働で対応するようにしております。しかしながら心理カウンセリングについて、1セッションあたり時間がかかること、カウンセリングの枠の確保が難しいこと、患者さん自身も時間的・経済的負担が大きいこと・・等の点から、医療機関においてカウンセリングできちんと行うことは難しいというのが現状です。結果的に薬物治療に力点が置かれがちになります。それは他の医療機関でも同様と考えます。

以下の図は様々な精神疾患においてその背景にあるのが脳の問題なのかこころの問題なのか、その影響の度合によって並べて示しております。実際はどの疾患でも両者の影響は混然一体になっており完全に分けることはできません。さらに科学的研究がすすむとそれは変化していきます。例えば従来はこころの問題と考えられていた抑うつ、不安、幻聴などの症状の背景が、セロトニンやドパミンなどの脳内物質の異常が背景にあるとわかり、性ホルモン異常、アルコール、梅毒などの感染症等の影響を受けた脳自体の障害であると時代がすすむにつれて解明されてきたからです。

また歴史的には時代により、脳の問題なのかこころの問題なのかの命題は、流行りと廃れがあります。20世紀初頭、フロイトやユングが活躍していた時代には、こころの中の無意識下の言語化できない葛藤が精神症状や身体症状として表現されていると考え、症状を心理・社会的因果関係からとらえました(それを力動精神医学とよびます)。患者の生活史(生活歴)、幼少期の体験、対人関係を重視し、背後にある無意識的な動機から症状を解釈し、心理カウンセリングにより治療をしておりました。まさに、こころの問題がクローズアップされた時代でした。ただし同時期に梅毒などの感染性を起因とした脳の病気により精神症状や身体症状が出現するということも分かってきました(これを外因性といいます)。

1960年代から向精神薬が登場し、薬物治療が精神症状の改善に大きく寄与したため、力動精神医学に代わりに生物学的精神医学が台頭しました。それを再医学化の流れといいます。その後反対に、1970年頃、反精神医学という流れもありました。それは既存の精神病概念へ異議をとなえ、精神医学そのものを否定する動きでやや過激な運動でした。病気を本来の自己を発見する自立への旅と考えたようです。患者は家族内の葛藤や欺瞞の犠牲になったもので、統合失調症という病名も精神科医のレッテルにすぎず医療と称する一種の暴力であると考えました。薬物療法などが一切排除されて、医師と患者の区別もなく共同生活をして治療?していたようです。現在でも一部そのような一派がおられます。

現在は精神疾患の遺伝子研究、脳の生化学・生理学の研究がすすみ、一般的には生物学的精神医学が主流となっております。つまり薬物治療が中心になっております。

このような時代の流れや保険診療上の制約から、精神科・心療内科の日常診療では薬物治療が中心となっており、こころ・気持ちの問題であった場合に対応に苦慮することが多いです。特にただ「やる気がない」「気持ちがのらない」「何もしたくない」といった主訴で、こころの影響が大きい場合、対応が困難となります。心理カウンセリングをしようにも、それ自体やりたくないとおっしゃり、また言語化が不得手で話すこと自体が苦手な方もおられます。いくら「何もしたくない」という主訴の方でも治療意欲については最低限必要と考えます。

脳とこころの問題の影響の度合について見極めるのは難しいケースも多いのですが、以下のようなケースではこころの影響が大きいと推察されるので参考にしてください。

・うつ病や不安障害で会社や学校には行けないが好きな所には行ける。普段は自宅に引きこもっているが、ディズニーランドや好きな推しのライブは朝早くから行ける。

・双極性障害と診断されているが、他人のちょっとした一言で気分が急激に落ちる。逆に褒められると急に気持ちが晴れる。

・学校がある日は朝動けないが、休日は普通に動ける。

・仕事で休職しているが抑うつ症状は改善してきた。ただ復職が近くなるといつも急に体調が悪くなって、復職できなくなる。

・普段常に調子が悪いが、週末は趣味や遊びで予定を埋めている。

本来うつ病では励ましは禁忌といわれておりますが、こころ・気持ちの影響が大きい場合は、励まして勇気づけることが必要な場合があります(最近はこのようなうつ病を新型うつ病ということもあります)。症状の背景が本人の思い気合い次第であり、性格も未熟な場合がありこころの成熟が必要だからです。よって、会社や他人に迷惑をかけないことや夜はきちんと眠ることなどごく当たり前のことをお伝えします。