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長引くうつ病の背景にある性格・パーソナリティとその対応について
2024年9月24日
うつ病という病気は本来、無症状の期間(寛解期・安定期ともいいます)があります。原則的に病状の安定期があり、その安定期に薬も減薬→中止できることが一般的です。もちろんうつ病の病相期を何度も繰り返すことはありますが、一定の安定期が認められるのが一般的です。
このような本来のうつ病の経過を経ず、うつの状態が遷延し寛解しないケースがあります。うつ病と診断されたなかのおよそ3割といわれており、数としては意外に多いのが実情です。遷延し治らないうつ病の背景にはさまざまな要因・背景があります。
治療抵抗性うつ病という概念があります。治療抵抗性うつ病とは少なくとも2つ以上の異なる抗うつ薬を、適切な用量で、適切な期間にわたって投与され、また治療へのアドヒアランスが十分(きちんと薬を飲んで通院している)にあるにも関わらず、臨床上、有意な改善を認めなかったうつ病のことをさします。治療抵抗性うつ病についても今回のテーマ「治らないうつ病」に含まれます。
治らないうつ病の中に双極性障害が一定の割合で認められます。診断が間違っており漫然と抗鬱剤が投与され寛解に至らないケースでたびたび認められ、できるだけ早期に躁病エピソード(または軽躁病エピソード)を同定して診断をきちんとつけることが重要です。詳細は当院Webサイトの躁うつ病の中に記載しておりますので参照ください。
また不安障害の存在、飲酒量、身体疾患の存在(癌、甲状腺疾患、潰瘍性大腸炎、リウマチ等)、神経発達症の特性の評価も、うつ病が治らない場合には必要となります。
治らないうつ病の背景には様々なものがありますが、今回は性格・パーソナリティについてまとめてみたいと思います。代表的なものに執着性格、ナルシズム、よそもの的自己・内的解離というものがあります。
①執着性格
日本人で精神科医の下田光造が提唱した性格です。似たような内容でメランコリー親和型性格というものがありますが、より日本人にしっくりとくるのが執着性格という概念です。
執着性格の基本は感情の経過の異常といわれております。この性格者では一度起こった感情が正常者のように時とともに冷却するのではなく、長くその強度を持続し、あるいは増強する傾向をもつとされます。この異常気質に基づく性格としては仕事熱心、凝り性、徹底的、正直、几帳面、強い正義感や義務責任感、ごまかしやずぼらができないなどで、他の人からは信頼され模範とされる方々です。このような執着性格の特性を要約すると「几帳面さ」と「熱中性」という2つの要因にまとめることができるとされます。
また執着性格と気分障害の発病の関係について、下田光造は以下のように述べております。「ある期間の過労事情(誘因)によって睡眠障害、疲労感亢進をはじめ各種の神経衰弱症状がおこると、正常者では情緒興奮減退、活動性消失が起こっておのずから休養状態に入るのに、執着性格者では感情興奮性の異常をもっているために休養生活に入ることが妨げられ、疲弊に抵抗して活動しつづけ、ますます過労に陥り、その疲弊の頂点においてかなり突然に発揚症候群または抑うつ症候群を発する」ものと説明しております。執着性格は発揚症候群つまり躁病エピソードにも影響を与えるとされております。
これらを簡単にまとめると心身を休めるべきときにしっかりと休めずに疲弊している状態といえます。
例えば、うつ病になって休職または休学期間に入っても、自宅で過去に起きたことをあれこれ考えたり、将来の不安で頭をグルグルさせてしまったり、現状をすぐに変えようと焦りに焦り逆に回復しなくなっている状態です。うつ病診療で日常的にみられる現象です。
このようなケースでは森田療法的なアプローチが比較的有効とされます。
森田療法では、内向的で小心者、心配性の自己はダメでそれを否定し、逆に自己と世界を思うがままにしたい欲望、「かくあるべし」という完全主義的・強迫的な生き方があるとされ、それを神経質性格とよんでおります(また森田はそれを「思想の矛盾」と指摘しております)。このような心の態度が、自分のうつをなんとかしようとして、逆にうつが悪化し治らなくなるという「悪循環」をもたらすとされます。
思想の矛盾を背景にした「悪循環」の代表的なものには、次のようなものがあります。例えば行動の悪循環で考えると、鬱状態なのに仕事・勉強をしなければと焦り、もがく→仕事・家事を必死に頑張る→必要な休養ができず疲弊する→鬱状態が悪化し不安・無力感・焦りが強くなる→もっと仕事・勉強しなければ・・・というループです。子育てや家事についても然りです。家事・子育てをきちんとしなければ・・→鬱状態のためきちんとできない→家族に迷惑がかかっており自分には価値がないと思う(無価値観)→不安・焦りが強くなる→家事・子育てをきちんと・・・といったループもあります。
治療のポイントは「思想の矛盾」から抜け出し、「悪循環」を打破することとされており、その方法は以下の通りです。
まずどうにもならない自分の心の状態について、何とかして排除しようと焦ること自体が無理なのです(要するにどうにもならないことはどうにもならないと受け入れることが重要です)。まずやることは、「できること」と「できないこと」を分けることです。できないこと、つまり自分の力でコントロールできないものには以下のようなものがありますので参考にして下さい。
感情:自分の身体や心の反応、精神症状(不安・恐怖・鬱)
現実:自分が生きている環境
周囲の人の感情:他人の気持ち、人間関係
次に、気分や置かれた現実、他者の気持ちなど自分ではどうにもならないことであると、きちんと理解して、受け入れていくことです。その上でその時々に必要な行動に全集中をすること(休むことも含む)で、徐々に思想の矛盾・悪循環が改善していくとされます。できないことやどうにもならないことに対して何とかしようとこだわって執着し苦しい状態が慢性化している方がおられます。無理なものは無理であるとさっさと諦めればいいとも思うのですが、それができず悪循環にハマる訳です。
執着性格自体を改善することはなかなか難しいのですが、現実的な行動を一歩一歩していくことで思考パターンや感情が安定し、生活はなんとか送れるといった状態に戻ることが可能になります。
②ナルシズム
ギリシャ神話にある水鏡に映る自分の姿を恋した青年ナルキッソスの名をとり、自己の肉体に性的興奮を感じる性倒錯が狭義のナルシズムですが、一般にはリビドー(心的エネルギー)が自己に向けられた状態を総称してナルシズムと考えます。言い換えると自意識が過剰な状態です。ナルシズムの中でも、特に周囲の評価を過剰に気にするナルシズムは、うつ病の病態形成に影響しております。
ナルシズムの傾向が強い人は若さ、美しさ、強さ、学歴、社会的成功などを過大評価する傾向にあり、それらが思い通りに達成できない場合にこころのバランスが大きく崩れる傾向にあります。自分の限界や衰えを受け入れられない心性は様々な世代に存在します。例えば中年期になると、社会的成功、会社でいうと出世の限界がおとずれ肉体的にも衰え、見た目も皺が増え老眼がすすみます。そのような変化を受け入れられないということは多少は誰にでもありますが、ナルシズムが強いと美容整形やアンチエイジングに過剰に走ったり、宝石で身を固めたり、自分にないものをもっている若い人を虐めたり、過去の栄光を周囲に自慢したりするわけです。また若者でも特に学歴や外見を過度に重視し、思い通りにならないと容易に絶望し死ぬしかないと極端な思考に走ることもあります。
このようなケースでうつ病になった場合、医療機関で薬物治療を行っても難治の経過をたどることも多いです。精神分析的な心理療法が有効ですが経済的・時間的な負担のため困難なことが多いです。
③よそもの自己・内的解離(トラウマ)
よそ者自己は自己の部分でありながら自己に属しているとは思われない観念や感情で、患者を内側から責めるしつこい声(「おまえは何をやってもダメだ」など)として体験され、うつ病と関連があるとされております。よそもの自己は不健全な生育環境により形成されます。乳児は自分の中で起こっていることの意味を理解できないため、養育者が代わりに乳児の心をメンタライズして、それをミラーリングにより乳児にうつしかえます。メンタライズとは発達心理学で使われる概念で自分自身や他者の行動の背後にある心理状態・精神状態に気付き理解することをさします。
ミラーリングの結果、乳児は養育者の能力をとりこみ、やがて自分で自分のこころをメンタライズできるようになり成長していきます。養育者のメンタライジングが何らかの理由(神経発達症や統合失調症、うつ病など)で制限されており、適切なミラーリングを提供できないと、こどもの心に「よそもの自己」が生じるとされます。また、より外傷的な養育体験では「よそもの自己」より重症の「内的解離」が生じ、さらに悪化すると「人格解離」に至るとされます。
治療アプローチとしては、薬物療法よりは心理カウンセリングが中心的な役割を果たします。最近はトラウマに焦点を当てた心理療法がいくつもあり有効なことがあります。治らないうつ病やパニック症などの背景にトラウマの影響が隠れていることがあり、当院でも必要に応じてトラウマに焦点を当てた心理療法を並行して行っております。
以上、遷延する治らないうつ病の背景にある性格・パーソナリティの要因について簡単にまとめてみました。治療を受ける中で参考にして頂くといいかと思います。