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診療内容に関する読み物
疾病利得について
2023年11月3日
慢性化して治らない病気には、精神疾患・身体疾患に関わらず疾病利得というものが背景にあることがあります。疾病利得とは、病気の状態が続くことで様々な福祉サービスなどの経済的支援や周囲の同情などの心理的支援を得られ、おまけに重い社会的責任・役割から免れられるといった様々なメリットが得られることです。疾病利得のため無意識的に治りたくないと思う心理が働き、何をしても治らないといった状態が続きます。
身体疾患で有名なものには慢性疼痛があります。慢性疼痛を扱う教科書には疾病利得の記述が豊富にあります。精神科の分野でも慢性疼痛同様に疾病利得は日常診療に非常にありふれております。例えば、軽い疾病利得の例では、会社で嫌いな上司がいて会社に行きたくない思いが強い場合、抑うつ、微熱や倦怠感が出現。内科で身体疾患を否定されメンタルクリニックで適応障害と診断。休職の診断書が出され、会社に行かずに済みその上司を会わないといった目標が達成されます。おまけに傷病手当といった経済的支援も得られます。やや重い疾病利得の例としては、慢性化したうつ病の方で、長期に通院することで家庭での責任や役割を一定程度免除され気持ちは楽になります。辛い役割にきちんと向き合いたくないという無意識的な心理のため「うつ病」の称号を手放すことは困難であり、難治化します。
もちろんどのケースにおいても、すべてが疾病利得で説明できることはないです。本当の疾病の部分も少なからず含まれます。医師は本人の病態のうち、どの程度疾病性がありどの程度が疾病利得であるのかをきちんと評価することが重要です。本人の生育歴、家族歴、病歴、性格、発達特性、知的レベル、置かれた社会的環境(経済的状況、友人や家族の有無、仕事の有無)、精神作用物質(酒、たばこ)使用の有無などの点を考慮しつつ、日常診療の中での細かい言動、生活上の問題への対処方法や反応の仕方、薬への反応性やアドヒアランス、通院の安定性などから評価が可能になります。こちらからあえて刺激して、本人から強い怒りや焦燥がでることを確認することもあります。
先進国は医療・福祉が充実しているため、疾病利得の人を量産しやすい傾向にあります。貧しい途上国やガザ地区やウクライナなどの戦場ではそもそも生きるか死ぬかの状態であり、疾病でいることで得をすることはありません。結果的に疾病利得の人はほとんどおりません。福祉制度の充実は先進国であることの証であり、人類の目指すべき方向としては正しいのですが、上手に充実させ利用することが重要です。
私のように毎日医療の最前線にいる立場の者からすると、過剰な福祉が疾病利得を助長し本人の生きる力や治る力を逆に奪っているのではないかと考えられるケースにあたることが多いです。障害年金や生活保護、傷病手当などの福祉サービスについて、本来必要ない方が安定的に受けてしまうと、逆に本人の働く能力や生きる能力を奪ってしまうリスクがあります。これは先進国の援助でも大きな問題になっている事象です。貧しい途上国に援助する際は、定期的にお金や食べ物を直接届けるのではなく、それらの国々が自分でお金を稼げて食べ物を生産できる力を得られるように援助することが重要です。アフリカとアジアの戦後の発展を比較するとどのような援助が優れていたのか一目瞭然です。
さらに人間には罪悪感といった厄介なものがあります。意識化できない罪悪感もあり、罪悪感そのものが自分の心身を破壊することがあります。必要のない福祉サービスに対する批判は多いのですが、無意識レベルでは本人自身が一番わかっているようです。短期的には問題なくみえますが、長期的には内的な自己が自分自身を許さず、様々な悪手を選択して自分自身で人生自体を破壊していく結末へと誘導されます。
このように疾病利得には様々なリスクがあります。
・医療・福祉サービスの過剰な利用であり、本来必要な人へのサービスが削減されるリスク
・本人自身の生きる能力を奪ってしまうリスク
・さらに本人自身に内在する罪悪感で結局は人生が破壊されてしまうリスク
疾病利得への対処で一番のターゲットは本人の中にある怠け心、他者によくみられたいプライド、自分本位、幼児性、寂しさ、依存性、無反省などの心性です。万人に備わっている普遍的な心性であり、これらをなくすことは不可能です。まずは自分自身の中にあるこれらの心性に気づき認めることが改善の一歩となりますが、非常に困難な作業となります。
また対人援助の困難さを自覚させられます。本人のためを考えた場合、過度な援助や配慮は病気の状態をキープさせてしまうリスクがあるからです。本人のためを考えると、あえて手を差し伸べずに見守ることも選択の1つになります。
本人に関わる対人援助職の無知や熱心さ、申請書代行を行う社会保険労務士の利益重視、医療介護、心理カウンセリング業界の過度なビジネス志向も治療の妨げになることがあり非常に難しいケースも多いのが事実です。
思春期妄想症について
2023年11月3日
思春期は自分が人からどう思われるのかについて、他の世代より気にしてしまう時期です。思春期心性として自然なもので、自我の発達過程で必要な過程なのですが過剰になった場合は病的なものと考えられます。
例えば、周囲の人(ほとんどが友人)が話しているだけで自分のことを噂していると考えたりすることがあります。これを関係念慮または関係妄想といいます。また自分は体臭がひどく人に臭いと思われているといった自己臭恐怖、自分の顔は明らかに劣っている、不細工であるといった醜形恐怖、人にじっと見られているといった視線恐怖(逆に自分の視線が人に迷惑であると考える自己視線恐怖)に至るまで様々なものがあります。これらをまとめて思春期妄想症ということがあります。
外に出られず不登校になることもあり、病的なものであれば治療介入を行います。薬物療法だけでは難しいケースが多いため心理カウンセラーによる心理療法(認知行動療法など)を組み合わせることが多いです。
患者家族の望ましい態度について
2023年9月16日
患者家族として本人にどのように接したらいいかよく質問されるのでお答えします。
もともと統合失調症患者の家族研究でいわれていたHEE(high expressed emotion)という概念があり参考になります。本人のことを気にして過度に干渉しすぎたり、病的な行動に対して感情的な表現を強く示す家族をHEE家族といいます。HEE家族の場合、服薬を継続していても統合失調症の再燃率が高いといわれております。
HEEを参考に統合失調症以外の精神疾患の患者でも家族としてあるべき姿は以下の3点です。
・病気のしくみを知ること
本人の病気を一般的な書籍やネットで勉強することが重要です。その際に「薬を使わないで完治可能!」「精神病は病気ではない」云々の偏った情報に惑わされないで下さい。もし可能であればきちんとした精神医学の教科書で勉強してみるのもいいかと思います。
・まずは落ち着くこと
どうしていいかわからず混乱し、落ち着かない(精神科領域では不穏といいます)家族も多いです。パニックになり、患者さん本人より深刻な症状を示す方もおられます。まずは自分自身をニュートラルな精神状態で安定させることです。自身の安定がひいては、本人の精神症状の安定につながります。場合により自身が心療内科・精神科を受診し、必要なら薬物治療や心理療法を受けることも重要です。
・HEEにならないこと
以上の点をクリアした上で、本人に対して不用意な刺激をしないこと、相手を無理に変えようとしないことが重要です。わからなければ余計な助言やアドバイスも必要ありません。本人とは適切な距離をとりつつ自分自身の仕事や家事をたんたんとこなしていくことです。知性・理性的な態度を大事にして、相手を変えようせず、自分自身のこころの問題、捉え方の問題であると意識して下さい。