お知らせ
診療内容に関する読み物
モチベーションと感情について
2023年12月10日
バーンアウト(燃え尽き症候群)という言葉があります。臨床的にはうつ状態と同様の状態ですが、うつ状態の中でより仕事が原因で心身ともに疲弊した状態をさしており、まさに「仕事によるうつ状態」です。
バーンアウト研究の第一人者である、カリフォルニア大学バークレー校名誉教授のクリスティーナ・マスラックによれば、バーンアウトとは職場で慢性的にストレスを感じていることに対する反応で、疲労困憊して、シニシズム(冷笑主義)になり、仕事上の達成感が下がる状態をさします。このバーンアウトについてモチベーション(以下モチベ)との関連が指摘されております。
一般的に仕事や普段の生活においてもモチべが高いことは評価されます。就職の面接でも「やる気があります。頑張ります!!!」ということは、至極当然のように語られ「やる気」が採用の基準になったりします。しかしバーンアウトとの関連でいうとモチベが高いことは逆にバーンアウトしやすい状態を招くといわれております。モチベは熱量とも言い換え可能で、熱量が高い人は余計なことをしたり話したりしてエネルギーを無駄に浪費し、疲れやすい(冷めやすい)と容易に想像できます。
おおよそ仕事というものは、ルーチン化するものです。毎月のように新規事業を起こすような企業はそう多くありません。同じことが繰り返され、感情的にはつまらない毎日が続くわけです。まったく成果がでないことが長期に続くこともあります。そのような普段のルーチン作業において、無意識的ではありますが適度に脳を休憩させているのが普通の人です。モチベが高い人は無駄な力が入っており、無意識的な休憩がとれず疲弊しすいと考えられます。
仕事の話からやや離れますが、モチベは「感情」に関わるものです。当院の日常診療でも「感情」にまつわることはよく扱うテーマです。
一つは患者さん自身の感情調節の問題です。双極性障害を中心に喜怒哀楽の感情のアップダウンが激しい傾向の方がおられ、感情の上下の激しさに翻弄され心身ともに疲弊してしまいます。物事の捉え方(思考)や生活習慣や生活スタイル(行動)についてアドバイスをし、薬もきちんと適切に利用し、感情を一定の範囲に維持し安定させることが治療の中心になります。他者の感情の上下にも影響される方が多いため、他者と物理的にも心理的にも距離をきちんととることも重要です。
患者家族についてもHEE(high expressed emotion)は予後を悪化させるといわれております。感情的に本人に接することはダメだということです。このNG行為をしてしまう患者家族は非常に沢山おられ、治療の妨げになることが多いです。
感情があるおかげで新しいことへの挑戦、進化、進歩がすすむのは確かですが、一時的な利用が望ましいです。物事や仕事・生活を長期に継続・維持するためには、感情を一定の低いレベルでコントロールすることが重要となります。
話をモチベーションとバーンアウトに戻すと、モチベがニュートラルの方がバーンアウトしにくく、より会社に貢献できるということが起こる可能性があります。モチベをあまり持たずに淡々と業務をこなすことが最適なパフォーマンスと生産性につながるためです。企業の採用担当者もそのような視点で採用面接を再考して頂くのもいいかもしれません。
高校生の不登校でよくみられる「スイッチ」について
2023年12月5日
心理士鈴木記載の文章です。鈴木は普段高校生のカウンセリングを多く行っております。診療の参考にして下さい。
当院では高校生も受診されることがありますが、成人とは異なる高校生に特有の悩みとして不登校が挙げられます。不登校に至る背景は様々で、詳しくは当院HPの「高校生のメンタルヘルス」をご参照ください。
ここでは、そのうちの1つであり最近多く見られるものについて取り上げたいと思います。それは、「友人や先生との間に特に大きなトラブルはなく、周りから見るとなぜ登校できないのか分からないけれども不登校が続いている」というものです。本人に卒業したい意思はあるものの、登校しないため欠席回数が増えていき、もう少しで単位が取れず留年になってしまうという状況で受診されることが多いです。本人以上に親御さんが事態を重く受けとめ、何とか登校できるように苦心されている印象です。
このような場合のなかには、本人なりに学校へ行くためのスイッチがあり、そのスイッチが押されると、これまでとは打って変わって毎日登校を続けるということも珍しくありません。中学までは「学校へ行くのが当たり前」というスイッチが押されているため、登校が続いていることが多いですが、高校生になると環境も変わって、別のスイッチが押されるようです。
このスイッチが何なのかを明らかにすることは難しいですが、あと1回授業を休むとその単位が取れないというような、出席回数がギリギリになることそのものがスイッチとなっていることがあります。そのような場合、ほとんどの授業の単位取得がギリギリになった段階で、登校し始めるということにつながります。
スイッチが押されやすくするためには、あと何回休むと単位が取れなくなるということを数字で表すことが大事です。「数IIの授業はあと〇回で単位がとれなくなる」、「体育の授業はあと〇回」のように、全ての授業について残りの欠席可能回数を示す必要があります。出席数が足りなくても補修を受ければ単位が取れる、というようなパターンについても、出来るだけ曖昧にせずに全て書き出してみてください。あと何回であるか自分で把握していない場合は、正確な日数を担任の先生等に確認するようにしてください。こうすることで、あとどれくらい休むと単位が取れなくなるかを明確に意識することにつながります。
また、本人なりの学校へ行くためのルーティーンのようなものがある場合があり、そのルーティーンを行える環境づくりが大事です。例えば、「制服を着る」がスイッチの1つになっていることもあり、制服を着たら流れで登校まで進められるという方もいらっしゃいます。その一方で、制服を着てしまうと登校せざるをえなくなると考えることから、制服を着ることが出来ない方も多いです。
起床時から順番に行動を書き出し、どこまでは負担なく出来る行動なのかを明確にすることが役立つ場合があります。目を覚ます→起き上がる→電気を点ける・・・等、毎朝のルーティーンを思い返し、最初に嫌だなと思う、抵抗感がある行動をピックアップします。内容にもよりますが、それをしなくても済むように次の行動に進められるようにルーティーンを組み替えることで登校に対する負担感が軽減されることがあります。何が本人にとってしっくりくるかはやってみないと分からないところも大きいため、色々試してみることが大事だと思われます。
周りの人や親御さんからすると、ギリギリまで粘って学校を怠けているように見えるかもしれません。また本人も、自分が無意識にそのような基準に沿って行動している場合は、どうして突然学校へ行けなくなったのか自分でも分からず、困惑していることもあります。共通して言えるのは、ギリギリにしようとしてわざとやっている可能性はかなり低いということです。それよりも、もっと余裕をもって過ごせたらと思っているけれども、なぜかそれが出来ずギリギリになってしまうということの方が多いです。
そのため、周りが焦って本人を登校させようと働きかけても、スイッチが押されない以上あまり効果的であるとは言えず、むしろ「自分のことを分かってくれない」という気持ちを強めることにつながる可能性があります。
登校しているかどうかだけが大事なのではなく、登校していない今の状況で感じていることに目を向けることも大切です。これは本人だけでなく、親御さんにとっても同様だと考えています。周りと比較して焦りや不安を感じていたり、苦しい状況から一時的に抜けられている安堵感を感じていたりもするかもしれません。どうしてそう感じるのかを紐解くと、自分が何を大事にしているのか、どういう価値基準で生活しているかを理解することにもつながります。また、カウンセリングではこのような考え方(認知)に注目して、それが唯一の考え方なのか、他の捉え方も出来るのではないか等を改めて振り返ることもあります。
以上より、出席日数を可視化すること、ルーティーンの中で登校を阻害している要因がないか一つずつ確認すること、そして今自分が感じていることの背景にはどういう価値観があるのか向き合ってみることが、大切なことだと考えています。
ミソフォニア(misophonia)について
2023年12月2日
ミソフォニアmisophoniaは音嫌悪症といわれ、特定の音に対する強い否定的感情(怒り・嫌悪)と不快な身体的反応を示す疾患です。当院の外来でもたびたび遭遇する疾患で、簡単にまとめたいと思います。特定の音に対する不快感情のため、日常の特定の場面や状況で、生活することそのものが困難になり受診につながることがあります。
具体的には、家庭内では嫌いな家族(例えば父親)が出す咀嚼音や生活音であったり、学校では友人が出す高い声であったり、職場では人が叩くタイピングの音であったりケースにより様々です。強い不快感情や併発する身体症状(頭痛・吐き気・めまい等)のため不登校や出社困難になることもあります。
性別では女性に多く、患者さんの平均年齢は35歳程度といわれておりますが、発症は思春期に多いとされております。
原因は、先天的というよりは後天的であり、感覚(聴覚)がトラウマと化したものといわれております。例えば自分の非常に嫌いな人がいて、その人がたびたび出す音や声に長期間、理不尽に晒され我慢しつづけた結果、音や声がトラウマとして脳に傷が残り「特定の音⇒不快感情」という神経回路ができてしまうことが背景にあるといわれております。
強迫性障害、うつ病、ADHDなどの精神疾患や気管支喘息などの身体疾患に合併しやすいといわれております。
治療としては音そのものを避ければいいわけですが、日常に溢れた生活音であったりすると耳栓やノイズキャンセリングも上手く利用できず生活そのものに支障がでます。また音そのものの問題ではなく音が媒介する嫌悪感が治療のターゲットといわれております。
薬物療法としてSSRIを使用することがありますが、治療としては認知行動療法などの心理療法が有効とされております。トラウマが強い場合はトラウマに焦点を当てた身体志向の心理療法も併用することが望ましいです。