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不安・うつ・躁鬱・不眠・不適応に関すること

モチベーションと感情について

 バーンアウト(燃え尽き症候群)という言葉があります。臨床的にはうつ状態と同様の状態ですが、うつ状態の中でより仕事が原因で心身ともに疲弊した状態をさしており、まさに「仕事によるうつ状態」です。

 バーンアウト研究の第一人者である、カリフォルニア大学バークレー校名誉教授のクリスティーナ・マスラックによれば、バーンアウトとは職場で慢性的にストレスを感じていることに対する反応で、疲労困憊して、シニシズム(冷笑主義)になり、仕事上の達成感が下がる状態をさします。このバーンアウトについてモチベーション(以下モチベ)との関連が指摘されております。

 一般的に仕事や普段の生活においてもモチべが高いことは評価されます。就職の面接でも「やる気があります。頑張ります!!!」ということは、至極当然のように語られ「やる気」が採用の基準になったりします。しかしバーンアウトとの関連でいうとモチベが高いことは逆にバーンアウトしやすい状態を招くといわれております。モチベは熱量とも言い換え可能で、熱量が高い人は余計なことをしたり話したりしてエネルギーを無駄に浪費し、疲れやすい(冷めやすい)と容易に想像できます。

 おおよそ仕事というものは、ルーチン化するものです。毎月のように新規事業を起こすような企業はそう多くありません。同じことが繰り返され、感情的にはつまらない毎日が続くわけです。まったく成果がでないことが長期に続くこともあります。そのような普段のルーチン作業において、無意識的ではありますが適度に脳を休憩させているのが普通の人です。モチベが高い人は無駄な力が入っており、無意識的な休憩がとれず疲弊しすいと考えられます

 仕事の話からやや離れますが、モチベは「感情」に関わるものです。当院の日常診療でも「感情」にまつわることはよく扱うテーマです。

 一つは患者さん自身の感情調節の問題です。双極性障害を中心に喜怒哀楽の感情のアップダウンが激しい傾向の方がおられ、感情の上下の激しさに翻弄され心身ともに疲弊してしまいます。物事の捉え方(思考)や生活習慣や生活スタイル(行動)についてアドバイスをし、薬もきちんと適切に利用し、感情を一定の範囲に維持し安定させることが治療の中心になります。他者の感情の上下にも影響される方が多いため、他者と物理的にも心理的にも距離をきちんととることも重要です。

 患者家族についてもHEE(high expressed emotion)は予後を悪化させるといわれております。感情的に本人に接することはダメだということです。このNG行為をしてしまう患者家族は非常に沢山おられ、治療の妨げになることが多いです。

 感情があるおかげで新しいことへの挑戦、進化、進歩がすすむのは確かですが、一時的な利用が望ましいです。物事や仕事・生活を長期に継続・維持するためには、感情を一定の低いレベルでコントロールすることが重要となります。

 話をモチベーションとバーンアウトに戻すと、モチベがニュートラルの方がバーンアウトしにくく、より会社に貢献できるということが起こる可能性があります。モチベをあまり持たずに淡々と業務をこなすことが最適なパフォーマンスと生産性につながるためです。企業の採用担当者もそのような視点で採用面接を再考して頂くのもいいかもしれません。

恐怖症とスポットライト効果

 ある雑誌でスポットライト効果についての記載があり、当院でよくみられる恐怖症と関連があると思いましたので簡単に触れておこうと思います。

 自分がもっている情報や経験を基準にして、他者の考えを推測する傾向のことを「自己中心性バイアス」というようです。それは認知バイアスの一つで人間はどうしても自分中心の視点で他者を理解してしまうということを意味しております。

 自己中心性バイアスの1つに「スポットライト効果」というものがあります。自分の外見や行動について、他者も同じくらい気にしていると思い込むことです。

 当院では高校生の方の診療を行っておりますが、「人にどう思われるか」に対する敏感さが他世代より過大な傾向にあると思われます。同学年の人と長時間一緒に過ごしておりより他者と比較して苦悩しやすいこと、自分は何者かを考えアイデンティティが確立していく時期であることなどが影響していると思われます。

 精神疾患としては友人の視線に強い緊張・恐怖をおぼえる視線恐怖をはじめ、自分の体臭が臭って他者に迷惑になっていると思い込む自己臭恐怖などあり、「人、特に友人にどう思われるか」といった思考を背景に妄想的な恐怖に陥ってしまうことがあります。思春期妄想症ともいわれることがあります。

 その雑誌には「美容院に行って髪を切ってもらい、思いかけずおかしな髪型になってしまい、友人に笑われるかと思い学校に行ったところ、意外とそんなことはなく、気づく人さえいなかった・・・という経験はだれしもあるでしょう」と記載されていて、確かにそれはよくあるとことと思いました。

 思春期妄想症については、薬物治療だけでは効果は不十分であり、心理カウンセリング、特に行動実験を中心とした行動療法を当院の治療の中心にしております。妄想のレベルまでいってしまうと認知の歪みを認知再構成などの認知療法だけ対応することはできず、行動療法が中心となりますが、「自己中心性バイアス」「スポットライト効果」なる言葉やその意味を知っておくことは、治療を進めるうえで役に立つこと思いました。

うつについてあれこれ

 様々な背景で脳が疲れた状態を総称してうつ状態といいます。わかりにくいので、いいかえると脳が捻挫または骨折した状態と考えてもいいかと思います。また軽いうつは風邪、重いうつは肺炎レベルとも考えていいです。

 うつの背景には、遺伝・生育・環境要因・年齢・身体疾患・ホルモン等が様々にからみあい原因はこれと一概にいいにくいことも多いです。また症状も多彩であるため、診断に困るケースもあります。うつ状態を呈する病気にうつ病というものがあります。

 ここでは、本人の未熟・甘えが背景要因として大きい新型うつ病ではなく、真面目、几帳面、頑張り屋、他者優位、自責感が強いといった性格要因を背景にもち無理に無理を重ねて脳が疲弊してうつ病になった、古典的うつ病を対象にします。

 このような方を診療していて困ってしまうのは、休養の指示をしても、いろいろな理由をつけて指示に従ってくれないことです。「会社に迷惑をかけてしまう」「自分の代わりはいないからやるしかない」「こんな自分は情けない。自分が悪い。もっとできるはずだ」「仕事を断れない」とかおっしゃいます。

 軽度のうつ状態であれば睡眠薬や抗うつ剤で持ちこらえられるケースもありますが、中等度以上では厳しくなります。結果的に動けなくなることが多いです。捻挫や骨折をしていても「頑張って歩きたいから何とかしてくれ、動けないから何とかしてくれ」という無理な相談に似ており、対応に苦慮します。

 「自分には能力がない、ダメな人間だ」とおっしゃることも多く、通常は「そんなことはないですよ、こんないい点もこんないい点も・・・さんにはあるではないですか」などと返答しますが、「いやそんなことは絶対にないですよ。周りのみんなはできているのに自分にはできない・・・」と押し問答になってしまいます。

 最近は「自分には能力がない、ダメな人間だ」とおっしゃる方には逆説的に「その通りですね、ダメな人間ではありませんが一部の能力が足りず、視野が狭くなっているのではないでしょうか」と話すようにしております。そのくらいきつく言わないと納得してもらえないことも多いからです。「自分には能力がない、ダメな人間だ」本人がいうのでその意見に反論せずにのってしまうのは、楽だからというのもあります笑。

 それではどのような能力が不足しているかについて、一言でいうと自分自身をマネジメントする能力です。自分の脳を部下だとしたら部下を管理する能力が足りないだけです。具体的には以下のようなものがあります。

断る能力(頼る能力)

 できないことはできないとNoという能力のことです。または周囲に頼る能力といいかえることができます。会社のことや同僚のことを過剰に忖度して、無理して過大な業務を引き受けてしまう方にとって必要な能力です。「相手に迷惑がかかる」というのが口癖になっている方が多いのですが、「うつが悪化して突然動けなくなり仕事をすべて突然できなくなるほうが迷惑がかかる」とか、「暗い表情で仕事を頑張ると仕事や家でかえって周囲の人に気を使わせる。頑張ることで逆に人に迷惑をかけている」と考えて、勇気をもって断ること、人に頼ることが重要です。会社は予測できる人員不足には対応できますが、急な人員不足には対応しづらいので、会社のためという大義名分をいうのであれば、前もってきちんと休みをとることがより会社のためになります。

休める能力

 人生ずっと走りっぱなしで休めない人に必要な能力です。正確にいうと脳を休める能力です。いつも色々な将来不安で考え込んでしまったり、普段から脳をぐるぐるとフル回転させて酷使しておりぼんやりしたことがない人に多いです。どうやったら休めるかをよくきかれますが、休み方は個別性が強いのでアドバイスしにくい領域です。当院のWebサイトのうつ病の項目にやり方を書いておりますが何ともいえないです。脳が休まれば旅行でも何をしてもいいのですが、「運動がいいですよ」というと無理に運動したりしてしまうので注意が必要です。どうしてもぼんやりできない人は薬(抗不安薬)を使うのをおすすめします。

受け止めない能力(流す能力)

 同僚、友人、上司、家族などに言われたことを真に受けてしまう方に必要な能力です。誰かに「君は会社に絶対に必要な人間だ」とかいわれると真に受けてしまい、それに応えようとしてしまいます。自分はより重要な人材と思ってしまいますが、実際は総理大臣でも代わりはいる位で、本人がいなくても会社も社会も大して影響を受けずに回っていきます。気楽に考えるのがおすすめです。逆に他者から批判的なことをいわれても、それはそれで一個人の意見であると自覚するのが重要です。また総理大臣の話になりますが内閣支持率などせいぜい50%あればいい方で、50%の人に嫌われようが批判されようがそれはそれとして平常運転で政府が倒れたりしないですよね。

 この能力は過剰な自意識(プライド)と表裏一体であることもあります。自我が強いから反応するのであって、自我が薄いと反応しようがないのです。犬とか猫に怒ると多少は反応しますが、石に対して怒っても石は全く反応しないです。以前職場の同僚で台風に対して怒っている人がいましたが、台風は全く気にせず近くを通過していきました笑。

 また相手の気持ちに同調しやすい人も注意です。周囲の人の感情などをダイレクトに感じやすい人で共感能力が高い人たちです。前述とは逆に自意識、こだわりがやや弱すぎる傾向にあるため、自我が強い相手のペースに支配されやすいのです。これは先程述べた「断る能力」にも影響します。

 このように自我・自意識やこだわりなども生きていく中ではある程度は必要なものであり、過剰や過小が問題になりやすいです。中庸・バランスが望ましいと考えます。

身体の話をきく能力

 他者からの視点、つまり自意識は過剰な分、自分の身体への意識は薄い人が多いです。他者配慮する分、逆に自分の身体には冷淡な態度をとります。また身体感覚が鈍感な人もおり、疲弊していることに気づかない人もおります。以前から何度か述べていることですが、痛みや動悸などの症状は何かしらのメッセージとらえることが重要です。自動車でいうとエンジン音がおかしいのに無視して乗って路上で止まってしまうことに似ております。異常なエンジン音がしたら通常は早めにディーラーに相談して修理に出しますよね。また自分の身体=大自然と考えると、無理して身体を酷使することは、温暖化により頻発している異常気象を無視して自然破壊をしている人類の縮図ともいえます。逆に症状への過剰な囚われは、それはそれで心気症という強迫症状であり注意が必要です。自分自身への意識、思いやりと他者への思いやりを同等と考えバランスをとることが重要です。

待てる能力

 うつになる方でよくあるケースが回復を焦ることです。もともとうつという状態になれていないために早く脱しようともがくわけです。もがけばもがくほど、脳には負担になって回復が遅れます。うつになったらなったで開き直ったり、病気を受け入れれば回復は早いのですが、慌ててしまい逆に遠まわりする印象です。その背景には経済的な問題が多いです。経済的問題の解決はなかなか難しいのですが、最近はYouubeなどでお金をかけなくても気楽に生きている人々が動画を上げたりしているので参考にするものいいかもしれません。

 また経済的問題、つまりお金の問題は他者との比較という心理が背景にあります。今は貧しくて死ぬしかないといっても、戦後すぐの時代や江戸時代の生活と比較したら非常に恵まれすぎとも思われる生活レベルです。いくら身分の高い貴族でも平安時代や奈良時代であれば冬に暖房がなく食べ物も粗末なものであったこと、傷1つで敗血症になったりこどもを出産してすぐに死亡したりしていた訳で、それに比較すると現在の貧困の方が生活レベルははるかに高いと客観的に判断できます。結局は、現代という時代で他者と比較して自分がどこにいるかが価値基準になっていること、お金の問題というよりは他者との比較という幻想にとらわれているだけであると気付けることがポイントです。

 以上うつになりやすい人、再発しやすい人に足りない能力を書いて参りましたが、無理をしないこと、力を抜いていい意味で諦めることも人によっては重要です。すぐになんとかしようとムキにならないことです。息子の塾の先生の言葉ですが、「才能や努力ではなくて工夫して物事にあたる」ことが大事というものがあり、非常に参考になる言葉でした。

 自分が無理をして仕事で成果を出すことは喜ばしいと考えがちですが、次世代への影響を考えるとプラスマイナスあります。次の世代も同様のパフォーマンスや無理をすることがデフォルトになってしまい、もともとキャパがない人にとって悲劇を生んでしまいます。逆に本人が適当に仕事をセーブして成果もそこそこであると、他の人もそこまで無理を強要されずパフォーマンスも安定して会社全体では業績が安定することもあります。

 また別の視点では、できない自分がいることで相手を成長させる機会を与えると考えることも可能です。駄目な自分がいることで相手に諸行無常の思想や慈悲の心が生まれることもあります。

 さらにうつになっても、偏った自分自身の生き方・考え方のバランスをとるために起こってくれるありがたい病気と考えてもいいかもしれません。